三章 寒空のした

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 取っ手をゆっくりと回しながら豆を牽くと、埃っぽい匂いが消えて、人の住む部屋に近づいていった。 「さすが、エフレム君のおすすめだ。とても良い香りがする」  いつも買う安めの棚にも、おすすめがあるかどうか、今度、鉢合わせたときにでも聞いてみよう。  ほんの小さな予定でも、先の楽しみを作ると、胸中もなんとなく明るくなるような気がした。  変な顔をされるかもしれないが、今度会ったときは、エフレムにお礼を言わなければなるまい。  自宅で珈琲を入れるのは、何ヶ月ぶりだろう。ゆらゆら揺れる小さな火をじいっと見つめ、ビーシュはため息を零した。 「決まった人がいるのに、どうして僕なんかをかまうんだろうね。面倒くさいのが、好きなのかな?」  性的な刺激が欲しいなら、もっと見目の良い相手を選べば良い。いっそ買ったほうが後腐れもないだろうに。  食事に誘ったり、美術館にいったり、話をしたり。  そんな、面倒な手間を惜しまなくても気持ちよくなれるはずだ。お金に困っているようにも思えない。 「でも、レオくんは意地の悪い子には見えないんだ。何を考えているのか、さっぱりわからないけど」  ただの遊びなのか気まぐれなのか、どちらにしろ、相手がいるのだから会うわけにもゆかない。     
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