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誰もいなくなってしまったが、帰る場所があるからこそ、かろうじて人のようなものでいられているのだろう。
ほう、っと白く煙る吐息をくゆらせ、ビーシュはポケットからサファイアを取り出した。
小さく、等級も中の上といったところだが、色味はとても気に入っていた。
手の中に収まる、サファイアの青。
ビーシュはカップを置いて、珈琲に濡れた唇でサファイアにそっと触れた。
人肌に温まったサファイアは、ビーシュを拒絶することなく、そっと、優しく受け入れてくれた。
持ち主の心が曇れば色も曇ると言われている石は、乏しい明かりのなかでも変わらずに美しくビーシュを見つめてくる。
「さよならって、ぼくはちゃんと言えるかな」
手のひらの上でサファイアを転がして、ビーシュはポケットに戻す。
飲みかけの珈琲を零し、カップを水で軽くすすいでビーシュは自宅を出た。しっかりと鍵をかけて、しばらくご無沙汰していた夜の街を目指し歩いて行く。
◇◆◇◆
ビーシュが初めて夜の街を歩いたのは、五歳の頃だった。
もちろん、今のように快楽を求めてではなく、雪が降り始めても戻ってこない父を探すためだった。
母に逃げられてから、ろくに働かずにその日暮らしの生活を送っていた父は、まとまった金ができれば夜遊びにつぎ込んでいた。
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