三章 寒空のした

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 幼いビーシュが両親の支援を望めない状況でもなんとか生きてこれたのは、大家の好意と、見よう見まねでしていた靴磨きの仕事で小銭を稼いでいたからだ。 (同情してもらえてなかったら、今頃は死んでいたんだろうな)  かつて、生きるために木箱に座って一日を過ごしていた場所には、みすぼらしい格好をした少年が座っている。  靴磨きこそしてはいなかったが、腹を空かせた目をぎらぎらとさせて、足下に置いた空き缶と行き交う大人たちとを見ていた。  ビーシュはそっと、缶の中に小銭をいれて足早に通りを行き去る。同じような子供はそこかしこにいて、一人一人に小銭を恵んでやれるほどの財力は残念ながらない。  あの子供はたまたま、ビーシュと目が合っただけ。  運、不運によって、その日、腹が満たせるか満たせないかが決まる。小さな頃は、そんな生活を送っていた。  過酷で悲しい生活が、華やかな帝都のすぐ側にある。どこの、都市でもあるのだろう。  わかっているが、ビーシュでは何もできないし、偉い貴族でも、たとえ政治を担う皇族でも無理だろう。  どうしようもない。  ビーシュは走るように人混みの間を抜け、ルイとレイ親子が営む『クレセント』がある路地を通り過ぎ、もっと奥へと進む。  光に誘われる蛾のように、軒先でぶらぶらと揺れるオレンジ色明かりを目指した。     
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