三章 寒空のした

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 闇が深くなるにつれ、周囲のひといきれは濃くなってゆく。行き交う視線がねっとりと蜘蛛の糸のように絡みつく独特の雰囲気があちこちにあった。  よくもまあ、子供一人でこんな場所にはいったものだ。幼かった頃は、それなりに勇気があったのかもしれない。  父は、高級娼館の前で倒れていた。  稼ぎからしても、賭博で儲けたとしても、貧乏人が遊べるような店ではなかった。おそらくは、行き倒れたのだろう。  母は夜逃げをしており、頼れる親戚を知らず、父の亡骸の側で途方に暮れていたビーシュを助けてくれたのが、娼館の姐さんたちだった。  ビーシュは幼年期の殆どを娼婦たちに囲まれ、娼館と自宅を行き来する生活をしていた。  覚えろと言われなかったが、姐さんたちの世話をしていれば、いつの間にか男を相手にする仕方も覚える。  実際に男と寝るようになったのはずっと後になるが、いまなら、快楽におぼれた父の寂しさも、少しは理解できるかもしれない。 (許せるかどうかは、また別だけれど)  久しぶりに訪れた区画は、相変わらずの乱れようだった。  貧乏人も高給取りも、一般人も軍人も。入り乱れて、享楽に浸っている。  身分を問うのはタブーとなっていて、すべては金で決まる場所。笑い声と怒声がひっきりなしに、耳に飛び込んでくる。     
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