三章 寒空のした

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 抱きしめるだけでなく、まさぐるようなエヴァンの性急な手つきに、ビーシュはもがいた。集まってくる好奇の視線に耐えきれず、唇を噛んでうつむいた。 「ああ、すまない。久しぶりだったんで、興奮してしまったよ。見世物にするつもりはなかったんだ。許しておくれ」  首筋にキスを落とし、離れてゆくエヴァンに周囲から残念がる声があがる。 「場所を変えようか。『クレセント』にゆくかい? それとも、俺の宿にくるかい?」  ゆっくりと話すか、たっぷりと体をむさぼるか。  暗に問われているような言葉に、ビーシュは少し間を置いて「宿に」と返した。  思い出が残る場所は、蓋をしていた傷がえぐられるだけだった。 今はとにかく、知らない場所に行きたかった。
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