三章 寒空のした

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 ドアの向こうから掛かる声に、ビーシュは「はい」と頷いた。  タオルではなくシーツを頭からかぶってベッドをそっと降りて、ドアの前でしゃがみ込む。  少しばかりドアを開け様子をうかがったビーシュは、エヴァンと対峙する青年の顔を見て声を上げそうになった。  ニルフ・アーカムだ。  貴族らしい整った顔立ち、いつも怒りをたたえているような若者らしい強い視線を、エヴァンに向けている。  一瞬、ビーシュを追って来たのかとも思ったが、違うだろう。  椅子の背にかけたままの上着にねじ込んだ手切れ金で、すべて事を済ませた気になっているはずだ。エヴァンに用があってきたのだろう。 「盗み聞きなんて、行儀が悪いよね」  上層階級同士の、積もる話があるのかもしれない。貧乏人より少し毛の生えたような身分には、なんら関係ないだろう。 「君は、たしかデニス・アーカムの息子さんだね。恐ろしい顔をして、いったい俺に何の用があったきたのかい?」 「メルビスの宝飾品と、エーギル・バロウズという商人についてご存じのことをお聞かせ願いたい」  気付かれないようにそっと立ち上がろうとして、ビーシュは聞き知った名前に振り返った。 「メルビス? メルビス・ハヌマー?」     
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