一章 矢車菊の青い瞳は

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 ビーシュが所有する私物のなかで、宝石義眼のケースは一番財産価値のあるものだった。  ほかに誰も工房にいないのを確認してから、人目のつきにくい奥へとしまいこんだ。 「彼、誰なんだろう。綺麗な青い目だったなぁ」  時刻は昼を過ぎた頃、宿屋で朝食を恵んでもらってから何も口にしていない。  気分が滅入っていて食欲はさほどなく、昼食を満足に買おうにも、手持ちは少ない。まとまった金はすべて、昨晩の相手に持って行かれた。  次の給料日まで三日、それまではどうにか節制してくいつながなければ。  ビーシュは工房の奥にある簡易キッチンに移動して、水差しに入っていた水を薬罐にうつし、ランプで湯を沸かし始めた。  共用の珈琲で、わずかな空腹を紛らわせるだけで、今はじゅうぶんだ。 「彼の、あの瞳はサファイヤかなぁ」  棚から珈琲豆とミルを取り出し、湯が沸くのを待ちながらゆっくりと豆をひく。  乗合馬車の停留所で、人波に押されて転げた拍子に、ポケットにしまっていたペリドットの義眼が飛んでいった。  慌てて追いかけていたので、周囲にはまったく目がいっていなかった。彼が拾ってくれていなかったら、最悪、馬車につぶされていたかもしれない。     
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