三章 寒空のした

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 吐息を零す程度の声だったが、ちら、とエヴァンが振り返った。 偶然ではなく、しっかりと絡み合った視線に、ビーシュはへたりと腰を抜かした。  睦言を操るエヴァンとは全く違う、凍るような冷たい視線だった。 「よろしいでしょう?」  ニルフは寝室にいるビーシュの存在にも、ビーシュを振り返ったエヴァンの仕草にも気付いていないようで、声だけを荒げている。 「どうしたんだね、血相を変えて。ほかのお客に、迷惑が掛かってはいけない。本来ならば場所を変えるところだが、あいにくと服を身につけていなくてね。ガウン一枚では出歩けない。不本意ではあるが、まあ、部屋に入り給え。話だけなら聞いてあげよう」  丁寧な返答でいて、はっきりと迷惑だと告げるエヴァンに、ニルフは遠慮のかけらもなく息巻きながら部屋に入った。 「話は聞いてあげるが、手短に頼むよ。この格好を見ればさすがにわかるだろうが、寝室に人を待たせているのでね」  ちら、と視線を向けてくるエヴァンに、ビーシュは胸を押さえてシーツをかぶった。あり得ないとはいえ、もしもニルフが寝室に乗り込んできたらと思うと気が気でない。  ののしられるのも、勢い余って殺されるのも御免被りたい。     
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