三章 寒空のした

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 盗み聞きを叱るわけでもなく、雰囲気すら別人のように変化させ、ベッドに腰掛けたエヴァンは、ビーシュをシーツごと抱き寄せた。 「メルビス・ハヌマーを知っているんだね?」  どことなく嬉しそうな声音に、ビーシュはどうしたものかと視線を彷徨わせ……口を開いた。 「祖父です。まさか、エヴァン様みたいな目利きなお方が祖父の作品を集めているだなんて」  ビーシュがつかうスフォンフィール姓は、父方のものだ。  何を言っても余裕綽々といったエヴァンの顔が、驚きにゆがんだ。 「なるほど、だから俺は君が気になって仕方が無かったんだね」  さらにぎゅっと、逃げ出せないくらいに抱きしめられる。  シーツ一枚のビーシュと同じく、エヴァンもガウンを脱げば年齢を感じさせない立派な裸体が現れる。  意識しないようにつとめても、ぴったりと体を寄せ合っていれば自然と息が荒くなる。ビーシュはエヴァンから離れようと身じろぐが、余計に強く抱き寄せられてしまった。 「どうして、メルビスの作品を買い求めていらっしゃるんですか? その、ぼくが言うのもなんですが、貴族の方々が取引するような、高額な値段をつけられるような代物ではない……でしょう?」  口にして、まずかったかとビーシュはうつむいた。  人の価値観は、千差万別だ。     
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