三章 寒空のした

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「あっ!」押し倒された拍子に手から離れた箱が、ベッドの上を転がり、首飾りが放り出される。 「本当に、これは偽物なのかね?」  低い声が鼓膜を揺さぶり、肩に鈍い痛みが走る。  視線だけを動かしてみれば、肩口の怪我にエヴァンが舌を伸ばし、うっすらと流れる血を舐め取っていた。 「んっ、に、偽物です」  嘘をつけば、このままのど笛をかみ切られそうな迫力だ。  快楽と恐怖がない交ぜになって震え出す体を、エヴァンが慰めるように抱きしめてくる。 「なるほど、俺はあの商人にしてやられたというわけか」  肌に吸い付いてくる唇が、肩から首元、首元から胸へと移動してくる。ぴったりと重なった腰がビーシュを愛撫するよう動き始める。  どうやら、このまま抱く気らしい。 「ぼくの言うことを、信じてくださるのですか?」 「君の目は、俺以上に確かだよ。君が持つあの、小さなサファイア。たしかに、俺の持つものより等級は低いが、とても良い石だ。君はよりよいものを見極めできる。信じるに値する目を持っていると思っているよ」  あちこちにキスの華を散らし、顔を上げたエヴァンは「だからこそ、側に置きたい」と耳元に口を寄せてささやいた。     
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