一章 矢車菊の青い瞳は

16/51
前へ
/289ページ
次へ
「ぼくは本当、とろいから。義眼じゃなくてもしかしたら、ぼくが轢かれていたかもしれないな」  笑い事ではないが、声が漏れる。  軍服を着ていたから、軍人であるのは確かだ。  綺麗な顔立ちをしていたし、側にいた馬車には家紋が描かれていた。どこかの、青年貴族だろう。   若々しい顔立ちをしていたが、子供っぽさはなかった。三十代はじめくらいだろうが。四十を超えた自分からすれば、二十代も三十代も若者であるが。  コポコポと沸騰する音を聞きつけ、慌てて火傷しないよう慎重にランプに蓋をかぶせて火を消し、ブリキ製のドリップポットの内側に張られた布に挽いた豆を入れてお湯を注ぐ。  身の回りのものに無頓着であるビーシュだったが、珈琲は作品と同じように、こだわりを持てる嗜好品だった。食事よりもずっと金をつぎ込んでいるような気がする。  ドリップポットの注ぎ口から湯気とともに立ち上る香ばしい香りは素晴らしく魅力的で、落ち込んでいた気分もわずかに上昇した。 「おや、お戻りになられていたんですか?」  声に振り返ると、ビーシュの助手を務めているフィンが立っていた。 「良い香りだ。ビーシュさんの入れる珈琲は、本当においしい。すぐに、店が出せますよ」     
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!

690人が本棚に入れています
本棚に追加