四章 甘く包まれる

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四章 甘く包まれる

1  婚約者同士、夜更けに同じ部屋にいたとして、レオンハルトとエリスの間に始まるものはない。  会わないでいた数十年間を埋めるものは会話で、エリスの部屋で食事を楽しみ、大きな窓から星を眺めながら、レオンハルトは思い出話に花を咲かせていた。 「お互い、昔から変わらないね」  ローズマリー蜜を垂らした紅茶を飲みながら、華奢な椅子に腰掛け、レオンハルトは窓辺に立つエリスに「とても良い茶葉だ」と伝える。 「久しぶりに、おいしい紅茶を飲んだよ。遠征先では、水があまり良くなくてね。高い茶葉を、台無しにしてしまったよ」 「あら、珈琲に宗旨替えをしたと思っていたのだけれど、違ったようね」  レオンハルトの記憶の中にあるエリスの姿は十代の時のもので止まっていて、いくらか大人びた顔は月明かりの中では全くの別人にも見える。  風の噂で、エリスは軍人と駆け落ちを試みようとして失敗に終わったと聞いていた。  食事をしながらエリスが語った最愛の男との甘く刹那的な日々は、朴念仁の自覚のあるレオンハルトもいいなと思うほど素敵だった。  エリスの心の中には、今もなお彼が存在しているのだろう。     
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