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「かっ、帰って。だめだよ、れおくん」
濡れた体を縮ませて、ビーシュは首を振った。ニルフの言葉を何度も何度も思い出す。
レオンハルトには、将来を約束している女性がいる。
邪魔をしてはいけない。ビーシュは義眼を握りしめた手に手を重ね、爪が食い込むほどに強く力を込めた。
「どうして? ビーシュは、僕と一緒にいたくないの?」
レオンハルトは、ビーシュの葛藤など素知らぬふりで、問い返してきた。
ビーシュは唇を噛んでうつむき、頭を振るしか無かった。
行かないで欲しい。
けれど、一緒にいないほうが良いに決まっている。
立ち去らない。
近づいても来ない。
体をこわばらせるばかりのビーシュが振り返るのを、レオンハルトはただじっと、待っているようだった。
「結婚、するんでしょ?」
ようやっと吐き出した声は、情けなくなるほど震えていた。
「ぼくなんか、構ってちゃいけないよ」
冷えたからだが悲しくて、ビーシュはさらに己の体を抱え込んだ。
「悲しくなることを、言わないでビーシュ」
かつん。
一歩、靴音が響く。
甘い蜜の匂いがして、ビーシュは嫌々と首を振った。
「誰から聞いたのかな?」
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