四章 甘く包まれる

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 どうしてだろう、レスティには申し訳ないが、とても気持ちが悪かった。 「メルビスの宝飾品の商談です。先生も、多少の興味はあるんじゃあないですかね?」  無いとは、言えなかった。  本物よりもずっと精巧で、美しい贋作。その手癖を、ビーシュは知っているきがした。知りたいと、おもう気持ちはないわけではない。 「でも、今……ですか?」 「ええ、今です」  即答で返してくるレスティに、ビーシュはたじろぎながら、どうするべきかうつむいた。 「……まあ、先生には選択権なんて無いんですけどね」  ぬっと伸びてきた腕に拘束され、もがくまもなくビーシュは口元を分厚い布で覆われた。 「オレの一族に伝わる秘薬です。良い夢が、みられるといいですね」  いくつかの薬草をしみこませた、複雑な香り。吸い込みたくなくとも、呼吸と一緒に肺に潜り込んできて、ビーシュはとろんと表情を溶かし、くずおれた。  婚約破棄の一報をうけて、オスカー家の対応はひどく淡々としたものだった。  レオンハルトの結婚騒動は、今に始まったものではなく、おまけに今回の相手は移民の軍人と駆け落ち未遂のあげく、持ち込まれる縁談をことごとく断っている曰く付きの女性、エリス・アーカムだ。     
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