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「僕は、君よりもずっと、守りたいと思うものが少ない。そのせいかな、一緒にいたいと思う人と一緒にいることしか考えきれないんだ」
「一緒にいたいともう人に、姉は含まれていないと?」
ぎりっと拳を握るニルフに臆さず、レオンハルトは頷きかえした。
「エリスは、たまに会いたい大事な友人だよ。とても大事な人だ」
ニルフの表情がゆがむ。今にも泣き出しそうな顔だった。
悪いなと思う気持ちはあるが、嘘は言えない。取り繕う言葉すら、多くを知らない。
「なら、どうして婚約を受けたんですか」
「エリスなりの好意だったからね、断る理由も、その時にはなかったんだ」
ビーシュに出会っていなければ、淡々と流れるままに生きていただろう。それも、けっして悪い人生ではない。
流されず、立ち止まることを覚えた。川の流れから飛び出すほどに素敵なものを、レオンハルトは見つけてしまった。
「僕は、彼のことが好きなんだ」
体に染みつく、珈琲の香り。
つかんだら離さない、本人はおそらく気付いていないであろうアメジストの強い視線。
思い出すと、体の芯がじんわりと熱くなる。いてもたってもいられない。できるなら、今すぐにでも会いに行きたい。
ついさっきまで激しく求め合ったのに、足らないと思うなんて初めてだった。
「……帰ります」
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