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諦めの悪い男だと、ニルフは自己嫌悪に陥りつつ、レモンを浮かべた紅茶を飲んでいた。
高級宿内のカフェらしく上等な茶葉を使っているのはわかるのだが、あいにくと、ゆっくり味わう余裕はなかった。
紅茶と一緒に頼んだ軽食も、手つかずのまま。周囲を行ったり来たりしている店員の困った表情だけが向けられる。
「エヴァン・ロナードは、エーギル・バロウズと近々商談すると言っていた。ここで見張っていれば、なにかしら情報が得られるかもしれない。と、思ってきてみたけど。何をやっているんだか、俺は」
平日とあって、カフェの人だかりはまばらだ。
エヴァンに気付かれて声を掛けられでもしたら、恥ずかしいにもほどがある。が、ニルフはティアラが盗まれた晩に鉢合わせた男の正体を、どうしても知りたかった。
婚約が解消された今、ティアラも花嫁衣装すら無用の長物となった。いまさら、行方を捜したところで何にもならないが、気が収まらない。
ティアラの盗難で父が消沈していなければ、もしかしたらエリスを説得できていたかもしれない。
「逆恨み、というのかな。姉さんに知られたら、女々しいと馬鹿にされるだろうな」
未練たらしい自覚はあるが、気持ちを切り替えるきっかけが欲しかった。
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