一章 矢車菊の青い瞳は

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 大陸随一の国とあって、帝都はとにかく豊かで淫らな街だ。  エヴァンが滞在している宿は貴族街にほど近い場所にあり、帝都でも一番華やかな雰囲気を持っている。  宿の一階にある高級バーのカウンター席に座り、エヴァンは一人、グラスを傾けていた。  深いアルコールの香りと、そこかしこに飾られている生花のみずみずしさが静かに広がる空間は他国からの侵略の不安がない帝都だからこそかもしれない。 「お探しいたしましたよ、ロナード様」 「君は、誰だったかな? 俺の知り合いに、君のような物騒な顔をした人はいなかったようにおもうけれども」  年齢相応に、しゃがれた己の声。ずいぶん前にやめたものの、たばこの後遺症でもある。  エヴァンはもう一度、ゆっくりと酒をあおり、グラスをカウンターに戻して立ち上がった。 「商談なら、秘書を通してもらわなければ困る。それに、今は仕事ではなく私用できているのでね。せっかくの貴重な自由時間を邪魔されたくないんだ」  裕福の表れか、俗欲にまみれているからか。大きく張り出た腹を抱えるようにしてエヴァンを追いかけてくる男は「失礼なのは、承知のうえでして!」と声を上げた。     
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