一章 矢車菊の青い瞳は

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 大枚をはたいてゆったりとした時間を買い上げている富豪たちが、男の大声に不快をあらわにした視線を向けてくる。 「やれやれ、困った人だ。場をわきまえたまえ。でなければ、商談などうまく行くはずもないだろうに」  しかたなく立ち止まって、男が駆け寄ってくるのを待ってやる。  安いたばこの香りが、どうにも鼻につく男だ。 「自分はエーギル・バロウズ。宝石商を生業としている者でして」  エヴァンは人差し指を唇にあて、黙るようにと促した。 「はしたない男は、摘まみ出されるよ。まあ、せっかくだから話だけは聞いてあげよう。でないと、引き下がってはくれなさそうだからね」  問題を察知して駆け寄る仕草を見せてきた黒服に、大丈夫と首を振り、エヴァンはエーギルをつれ、ラウンジに移動した。 「帝都にロナード様がお忍びでいらっしゃっているとの噂を耳にしましてね」  ソファに座るやいなや、口を開くエーギルにエヴァンは頭を抱えた。たいしていい声でもないのに、やかましくよく響く声だ。 「まったく、お忍びになっていないようだ」  エヴァンはやれやれと、肩をすくめる。 「まあ、交流のある貴族と遊んでいれば、自然と噂も流れるだろう、仕方ないか」  遊びにきているのに、じっとホテルに滞在していては、意味がない。     
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