一章 矢車菊の青い瞳は

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「ほう、君はメルビスの作品を所有しているのかね? この私が、有り余る財をいくらつぎ込んでも満足に集めることができていないでいるのに?」 「偽物と、お疑いでございましょうか? ご安心ください、私めがご用意させていただきましたものは、間違いなく本物です。どうぞ、気の済むまでお確かめになってください」  もったいぶるようにゆっくりと、エーギルが鞄を開けた。  つるりと光沢のある絹の布に柔らかく包まれていたのは、金細工の施された、ねじ巻き製の懐中時計だった。  動いていないはずなのに、かちこちと針が刻む時の音か聞こえてくるような精密な文字盤に、思わずエヴァンの口から感嘆の吐息が漏れた。  エーギルの得意げな表情はかんに障るが、致し方ない。生まれつきの顔に文句を言うのは、酷だろう。 「ロナード様が帝都に来られた理由も、メルビスの作品を求めて、でございましょう?」 「腕は良いが、なにぶん細工師を生業としていなかったから、作品そのものが数が少ない。市場に出回っていないからこそ、貴重でもある。……手に持っても、よろしいかな?」 「ええ、どうぞ。ロナード様が帝都のいらっしゃるときいて、持ってきたものですので」  すでに商談は決まったものだと言わんばかりのエーギルをちらっと視界に入れつつ、メルビスがつくったという懐中時計を手に取る。     
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