一章 矢車菊の青い瞳は

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 ずっしりとした金の重み。  多少の汚れはあるが、しっかりと手入れをすれば何ら問題はない状態だ。エヴァンは懐中時計の蓋に描かれた細かな幾何学模様をしげしげと観察し、吐息を零す。 「すばらしい、確かにメルビスの作品に違いない。どこで、これを手に入れたんだね?」 「入手先は、申し訳ありませんが言えません。ただ、信用のおける取引先ですので、ご安心を」  いかがいたします? と、視線で語るエーギルに、エヴァンは片手をあげて指を鳴らした。  驚くエーギルを尻目に、背後でそっと控えていた女性が革靴の踵を響かせながらやってきた。 「あとの商談は、頼むよ。私は外に出て飲み直してくる」 「あ、あの、ロナード様?」 「買い上げると言っているのだよ、バロウズくん。君は大変良い代物を、私の手元に届けてくれた。礼を言おう」  すくっとソファから立ち上がったエヴァンは、秘書のサティに目配せをして宿を出て行った。  メルビスの逸品をもとめ、何度も、足蹴よくかよった帝都は、エヴァンに取って第二の故郷ともいえる。  高級宿のバーも捨てがたいが、身分など気にする者は誰一人としておらず、静かに時間を過ごせる店を知っている。     
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