短編 オレンジとコーヒー

3/4
690人が本棚に入れています
本棚に追加
/289ページ
 眉をひそめるビーシュに、エフレムはグラスをチン、と鳴らして名乗った。 「買った男に、特別な感情がないなら……俺と過ごしてみないかな? 望むのなら抱いてもいいが」 「えっ、でも……約束、しているから」 「いくらで買ったんだ?」  迷うそぶりを見抜き、エフレムはビーシュに近づいた。  もう一度問いかけると、ビーシュは指を二つ立てた。 (……やすいな)  自分に価値を見いだせないビーシュを憐れに思い、同時に価値を与えない待ち合わせの男のだらしなさに腹が立つ。 「マスター、頼みがある」  グラスの中身を飲み干し、エフレムは呼びつけたマスターに紙幣を握らせた。 「こいつの待ち人がきたら、そいつを渡して欲しい」 「……これは、気前がよろしい」 「妥当な評価さ。ビーシュ・スフォンフィールだったな? 今宵の時間は俺が買い付けた」  どうすればいいのか、オロオロしているビーシュにエフレムはやれやれと大きく息をついて、手を取り、椅子から立ち上がらせた。 「……あ、あのっ、エフレムさんのような綺麗な人となんて、僕じゃ……もったいないですよ?」  遠慮しているのか気恥ずかしいのか、頬を赤らめてうつむくビーシュだったが、手を振り払おうとしなかった。     
/289ページ

最初のコメントを投稿しよう!