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逢い引き宿の従業員と顔なじみになるなんて、普通は面倒でしかないだろう。ひと目を忍ぶ必要があるからこそ、利用する宿なのだから。
店主も、ビーシュ以外の利用客には、きちんと距離を保って接している。分別をきちんとわきまえていても、手を差し伸べたくなるほど憐れに思われているのかもしれないが。
好意でも、同情でも、ビーシュからすればどっちでもかまわなかった。店主のお節介のおかげで、虚しさを抱えたまま帰らなくてすんでいるのはたしかだ。誰かと一緒に食べる食事も、嬉しい。
「今日は、昼までに行けば大丈夫だったかなぁ」
亜麻色の髪を、後ろで一つにまとめていたひもを解く。
シャワー室前に置かれた簡素な棚に、使用後のタオルと一緒に、新品がひとつ置かれていた。
乱暴に丸めて置かれたタオルを、ビーシュはじいっと見つめる。
人だけが、忽然と部屋から消えていた。
いつものことだ。
ビーシュは乾いているほうのタオルを手に取って、ふかふかした感触を確かめるよう抱きしめると、石けんのさわやかな香りにほっと息が漏れた。
柔らかい感触は、求めてやまないぬくもりを、ビーシュに錯覚させた。
ビーシュは石けんの匂いに鼻を鳴らしながら、シャワー室ではなく部屋に戻り、ベッドの側、サイドテーブルの上に放り置かれた財布を持ち上げた。
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