一章 矢車菊の青い瞳は

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 思いつくと、いても立ってもいられなくなるせっかちな性分は、自分でも呆れるほどだった。  今夜すぐに行動しなくてもいいのに、ビーシュは研磨した原石をいくつか持ち出し夜の街へ飛び出していた。  貴族街近くの、高級歓楽街。  綺麗な街並みの向こう側に、高級ホテルの影が見える。  真夜中の帝都の中では比較的安全な区画ではあるが、だからといって安心はできない。  道を少しでも外れたとたん、ずるずると闇に引きずり込まれるだろう。飲み遊んで前後不覚になった若い貴族を食い物にする無数の魔の手が、闇の中でひっそりと息をひそめているはずだ。  ビーシュはとりあえず、外では悪目立ちする白衣を脱いで腕にかけ、目当てのバー『クレセント』へと足早に向かった。  宝石商が訪れる時間帯は、もっと早い。今からでは行き違いになる可能性のほうが大きいが、いまさら工房へ帰ったところで、待っているのは延々とした孤独だけだ。夜は短いようでいて、ひどく長い。  珈琲しか胃に入れていないので、食が細いといえど、さすがに腹も空いている。     
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