一章 矢車菊の青い瞳は

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 よろよろとカウンター席に座り、出された水を飲む。レイは壁に掛かっている時計をちらりと見やって、「もう、お帰りになられました」と答えた。 「そうですか、なら……また明日、出直すかな」  わかっていたとはいえ、もしかしたらと淡い期待も抱いていたのでがっくりと肩を落とす。 「新しい男でもできたんですか、ビーシュ先生」  磨いたグラスを置いて、ルイは棚からナッツの入った袋を取り出した。 「お、男とか……そんなんじゃないですよ」  かっとなる頬を抱え、ビーシュは視線をさまよわせる。  名前も知らない青年だ。  青い目がとても印象的で、今もずっと忘れられない。 「先生が大慌てでコーエンさんを探してるってことは、魅力的な子を見つけちまったんでしょ?」 「からかわないでくださいよ、ルイさん。ぼくはただ……趣味が変わっているだけの男なんです。自分で言うのも、なんですけど」  バーに通うものの、アルコールのたぐいは苦手だった。  まだ見習いだった頃から顔を知っているルイの息子のレイは、ビーシュが何も言わずともリキュールを果実の汁で割ったカクテルを作ってくれた。  明るいオレンジ色が、三角形のグラスに注がれ、コースターの上にとん、と置かれる。 「すまないね、先生。今日はもう火を落としたあとなんで、まともな飯はつくってやれないんだ」     
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