一章 矢車菊の青い瞳は

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 皿にたくさんのナッツをくれたルイの言葉に、ビーシュは改めて時計を見る。結構、遅い時刻になっていた。 「いえ、いいんです。最近はあまり食欲がなくて、ナッツでじゅうぶ……んっ」  ぐう。  と、言葉を裏切る腹の虫に、ビーシュは真っ赤になって椅子の上で体を縮めた。 「よかったら、摘まむかね」  テーブル席で一人くつろいでいた男が、サンドウィッチを乗せた皿を手に、ビーシュの隣に座った。 「い、いえっ。悪いです」 「マスター、同じものをもう一杯」  空のグラスを戻し、男はゆっくりとした仕草でビーシュに向き直った。  年を重ねたグレーの髪をまとめて後ろに長した男は「食べなさい」と促し、代わりとばかりにナッツが盛られた皿に手を伸ばした。 「遠慮はいらないよ。私はもう前の店で軽く食事を済ませていたんでね、すこし量が多かったんだ。おいしそうだったから、ついつい頼んでしまってね。食べてくれると、無駄にならなくて済む」  琥珀色の、つんと香る酒。ウイスキーだろうか。  酒にはとんと詳しくないので、銘柄までは当てられないが、目元に深いしわを刻んでいる男にはとてもよく似合っていた。 「あ、ありがとうございます。いただきます」  ソテーされた鶏肉が挟んであるサンドウィッチは、『クレセント』の名物でもある。     
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