一章 矢車菊の青い瞳は

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 財布に余裕があるときは必ず注文する一品で、ビーシュの一番の好物でもあった。 「おいしぃ」  口に広がる鳥の脂に、空の胃が踊る。しゃきしゃきとした野菜もおいしい。  コーエンに会えなかったのは残念だったが、悪くはない夜かもしれない。 「私は、エヴァン・ロナード。君は?」 「ビーシュ先生は、軍医さんですよ」  口いっぱいにほおばっているビーシュに代わって、レイが答えた。 「お医者様に見えないでしょう? 軍病院で義肢装具を作っている先生です。僕の兄が、先生のお世話になっていまして」 「ぼんやりとしていて危なっかしいが、手先だけは、器用でね」  褒めているのか、けなしているのか。  悔しいがはっきりと否定できないほどには自覚があるので、ビーシュは黙々とサンドウィッチにかじりつくことにした。 「なるほど、では。君があの宝石商の言っていたお得意先の先生か。……意外だね。思っていたよりもずっと、可愛い顔をしているよ」  ウイスキーを流し込む勢いで飲みながら、エーギルは上着の内ポケットを探り、シルクのハンカチを取り出し、カウンターで広げた。 「これ、君が加工したんだね?」  ハンカチの中には、大ぶりの宝石をはめ込んだ指輪が二つ乗せられていた。     
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