一章 矢車菊の青い瞳は

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「あぁ、先月の子たちですね。指輪にしてくれたんだ、よかったねぇ」  台座部分の金細工はビーシュの手によるものではないが、宝石のカットは見覚えがある。  薄暗い店内にあるわずかな光を吸い込んで、きらきらと輝くルビー。  原石を削り出し、輝かせる技は若い頃に知り合った男から教わった。 「悪気は全くないんだが、意外だよ。仕事柄、いろいろな職人と会う機会があるが、皆、どこか気むずかしいからね。君のように物腰の柔らかな人は、珍しい。軍病院に閉じこもっているよりも、こっちの世界に転身したほうがいいのではないか? 私の目から見ても、すばらしい技術を持っていると思うよ」  エヴァンはルビーの指輪をつまみ、光源に晒す。  原石の時から、とても良い石だった。カウンターに落ちる赤い影は、女の唇のように妖艶だ。 「よく、言われます。けれど、僕の仕事は義肢制作なので」  祖父から受け継いだ職業を、そう簡単には捨てられなかったし、地味ではあるがやりがいもきちんと感じられていた。 「たまに、こうして関われるだけでじゅうぶんなんです」 「そうかい。もったいないね。わがままが許されるなら、このまま君をさらってゆきたいくらいだよ。とても、魅力的なカッティングだよ」     
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