一章 矢車菊の青い瞳は

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 エヴァンは視線をビーシュにしっかりとあわせたまま、ルビーに口を寄せ、キスをした。  肩が触れるほど近くに座っているせいか、気恥ずかしさを感じて、ビーシュはエヴァンから視線をはがして、カクテルで口を湿らせた。 (キスされているみたいだなんて、何を考えているんだろう、ぼくは)  欲求不満にもほどがある。  ビーシュは今朝の寒々しさを思い出して、ぎゅっと袖を握った。  ここは、酒と料理を楽しむ普通のバーだ。  いっときの快楽を求めて集まる、いかがわしい場所ではない。なにを、錯覚しているのだろう。  ビーシュは喉を鳴らしてカクテルを飲み込み、ちらっとエヴァンを見やる。  黒曜石のような、深い色の瞳だ。薄暗い中でも感情がありありとわかる、不思議な力強さを持っている。  元は黒い髪だったのだろうか? 体格もがっちりとしていて、実年齢をあやふやにさせている。ビーシュよりは年かさだろうが、老人ともいえない。魅力的な、男性ではある。  異国情緒めいた容姿は、さぞ人目を惹くだろう。もうすでに、素敵なパートナーがいるかもしれない。 「ロナード様も、宝石商で?」 「いいや、ただの金持ちだよ」  何杯目の杯になるのだろう。     
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