一章 矢車菊の青い瞳は

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「全部、持って行かれるよりは……まだ、ましかなぁ。歩いて戻るのは、ちょっと疲れるしね」  ……良くなかったのかな。  昨晩、深夜の酒場で買った年下の男。  くすんだ金髪と灰色がかった瞳。  体つきはがっしりとしていただろうか。すでに、顔の細部はおぼろげだ。  所詮、一晩の相手だ。寄せる思いはない。快楽があれば、それでよかった。  約束よりもずっと多く札が抜かれていたのは、思ったよりも良くなかったからだろう。  どんくさい自分が、大して若くもない冴えない男が、どうして喜びを与えられるだろう。  ビーシュは軽い財布をサイドテーブルに戻し、今度こそシャワー室へと歩いて行った。  まるで、悪夢を見ているようだ。  数時間前まで、たしかに他人と体を繋げていたのに、目が覚めるといつも独りぼっちになっている。  夢魔に化かされているようだが、現実はテーブルの上に置かれてあった。   いつもそうだ。  ビーシュは棺桶のような狭い部屋に体を押し込んで、蛇口をひねった。  なけなしの金でひとときのぬくもりを買っても、すぐに泡となって消える。  おとぎ話のように、残酷だ。 「しばらくは、また……一人かな」  生ぬるいお湯が、顔をしとしとと濡らした。
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