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「全部、持って行かれるよりは……まだ、ましかなぁ。歩いて戻るのは、ちょっと疲れるしね」
……良くなかったのかな。
昨晩、深夜の酒場で買った年下の男。
くすんだ金髪と灰色がかった瞳。
体つきはがっしりとしていただろうか。すでに、顔の細部はおぼろげだ。
所詮、一晩の相手だ。寄せる思いはない。快楽があれば、それでよかった。
約束よりもずっと多く札が抜かれていたのは、思ったよりも良くなかったからだろう。
どんくさい自分が、大して若くもない冴えない男が、どうして喜びを与えられるだろう。
ビーシュは軽い財布をサイドテーブルに戻し、今度こそシャワー室へと歩いて行った。
まるで、悪夢を見ているようだ。
数時間前まで、たしかに他人と体を繋げていたのに、目が覚めるといつも独りぼっちになっている。
夢魔に化かされているようだが、現実はテーブルの上に置かれてあった。
いつもそうだ。
ビーシュは棺桶のような狭い部屋に体を押し込んで、蛇口をひねった。
なけなしの金でひとときのぬくもりを買っても、すぐに泡となって消える。
おとぎ話のように、残酷だ。
「しばらくは、また……一人かな」
生ぬるいお湯が、顔をしとしとと濡らした。
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