一章 矢車菊の青い瞳は

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 エヴァンの服にしみこんだ香水とウイスキーの香りが入り交じり、近づく体温に緊張して大きく息を吸い込めば、くらくらと視界が明滅した。  痛いほどに、心臓がはねている。 「び、ビーシュで、いい……です」 「では、私もエヴァンと呼んでくれ」  エヴァンが面白そうに笑うので、どうしたら良いかわからなくなって、レイとルイに助けを求めるが、親子は見て見ぬふりを決め込んだか、黙ってカウンターの奥でグラスを磨いていた。  もしかしたら、二人はエヴァンがどれほどの人物か知っているのかもしれない。  へたに仲介して、機嫌を損ねられたら大変だ。そう、背中に書いてあるような気さえする。 「今夜の私は、とてもついている。幸運の女神が迷わず行動しろと、背中をせっついているようだ」  邪魔が入らないのを良いことに、エヴァンが椅子の背をきしませて左手をビーシュの腰に回してきた。  明らかな目的を感じさせる仕草に、ビーシュは驚いてエヴァンの黒曜石の瞳を見上げた。 「質の良い宝石をあつかうコーエンと運良く出会うことができたうえに、君という逸材を知った。ここか、もしくは『ミョルダ』にいれば会えるだろうと教えてもらってね。待っていたんだよ」 「ぼくは、そのっ」  熱い吐息でエヴァンがそっと口にした『ミョルダ』は、ビーシュがなけなしの金で男を買うバーの名だ。     
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