二章 真実の口

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二章 真実の口

1  手持ちぶたさというわけではないが、診察の予定や急ぎの調整が入っていないと、ひっきりなしにやってくる内科や外科とは違って日常的にやれる仕事は少ない。 「ぼくが暇をもてあましているってことは、良い兆候なんだろうけどね。国のためとはいえ、手足を失うような大けがはやっぱり悲しいものね」  大きな戦争がない限り、装具技師としての仕事は定期的な点検や細部の調整が多い。  今も、片足を失って前線を退いた軍人の、新しく作り直した義足の調整を行っている最中だ。  外科や内科のように、命に関わる仕事ではないが、人生に大いに関わる仕事だ。 「誇りをもて、おじいちゃんはいつも言っていたね。ぼくももう、仕事を始めて十五年経つけど、まだまだ自信が持てない。なんて、泣き言を漏らしていたら怒られるかな」  げんこつは、まず間違いないだろう。  写真嫌いだったため、祖父の形見は譲り受けた義手制作の道具のみだ。使い古され、年期が入っている。手に馴染むまで、相当の年月が掛かったが、とてもいい道具だ。  ビーシュに装具技師の技をたたき込んだ祖父は、帝都の長い歴史の中でも、もっとも苛烈な時代を生きたひとだろう。     
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