二章 真実の口

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 サファイアを譲る代わりに、抱かせて欲しい。  申し訳なく思うほどの好条件を受け入れたビーシュは、ほぼ毎晩、エヴァンを訪ねて高級宿へと足を伸ばしていた。  そのまま部屋で、あるいは近場の宿屋で。ゆるりと食事をし、杯を交わし、体をつなげる。  エヴァンは戸惑うほどに優しく、真摯にビーシュを抱いた。いっときの戯れであるはずなのに、それこそ、恋人の睦言のような夜を送っている。  地に足がついていないような、ふわふわとした感覚は、起きながら夢の中にいるようだった。  ビーシュは緩む頬を軽く叩いて、棚から珈琲豆の入った缶を取り出す。 「もうすぐ、フィンくんが戻ってくるのにふらふらして。こんなんじゃ、子供みたいに心配されちゃうよ。ただでさえ、いつも迷惑をかけているのにね」  蓋をひねって開けて、ビーシュは「あらら」と眉をひそめる。豆がだいぶ減っていた。  そういえば、と胃をさする。体が重いのは夜の情事だけだと思っていたが、もしかしたら珈琲の飲み過ぎもあるのかもしれない。  考え事をしていると、ついつい珈琲の量が増える。  胃を痛める前にフィンに注意されて事なきを得るのだが、あいにくと、監督官は出張で留守にしている。 「怒られちゃうなぁ」     
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