二章 真実の口

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 美しい思い出として、しまっておけないのだ。  分不相応なまでに、欲深い。手元にないと、興味を持てないなんて。  生暖かいカップを両手に持ち、ビーシュはポケットを探って小さな青い石を取り出した。  サファイアの原石。  エヴァンが秘蔵しているサファイアとは比べものにもならない低い等級だが、色味はとても気に入っていた。  途方もない年月がたっても、色を失わない宝石をじっとみていると、不安に揺れていた心が少しずつ落ち着いてゆくように思える。  ビーシュは「ありがとう」とささやいて、サファイアの原石に口づけを落とした。 「フィンくんは、帰ってきてくれるかなぁ?」  本当に、よくできた青年だからこそ辛い気持ちになる。  フィンが工房を出て行くと言い出すときが来たら、寂しさに泣いてしまうかもしれない。  残って欲しいとは言えないから、見送るしかないのだが。  ビーシュはカップを置いて、サファイアの原石を握りしめたまま作業台に戻った。  義足用の道具を手早く片付けて、引き出しから趣味用の道具を引っ張り出し、サファイアを台に固定する。  うだうだと、必要のないことを考えるときは、なにかに没頭しているのが一番だ。  ビーシュが何よりも夢中になれるものは、原石の研磨だ。     
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