二章 真実の口

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 歓楽街をうろつく男と懇意になった男が、ビーシュの手先の器用さに気づき、面白半分で宝石研磨の技を教えてくれた。  色あせたものばかりの思い出の中で、唯一、色が残っている日々かもしれない。生活の面でも、男にはとても世話になった。  宝石と向き合っているあいだは、過ぎ去ったはずの時間が、色鮮やかにビーシュの中に浮かび上がってくる。  漠然とした寂しさは薄れ、目の前にある石をどうやって輝かせようかと、そればかりになっていった。  じいっとサファイアを見つめるビーシュの脳裏に、鮮やかな青色が散る。  忘れられない。  忘れたくない、青。  凜と輝く、深いサファイアブルーの瞳を思い出すと、胸が痛いほどに締め付けられる。  じれた吐息を飲み込んで、ビーシュは小さなサファイアの原石と向き合った。
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