二章 真実の口

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 昼に食堂に赴くのは、ビーシュにとって本当に珍しい行動だった。 「きょうのメニューはなんだろうね」  軍病院と言っても辛気くささはなく、硝子窓から差し込んでくる日差しはたっぷりとしていて、廊下はつねに明るい。  大きな戦争の後はさすがに修羅場と化すが、普段の様子はほほえましいくらい優しく、平和な場所だった。  狭苦しく薄暗い自宅よりもずっと、軍病院のほうが、ビーシュにとっていやすい住環境だった。  小児科に入院している子供たちに手を振って、ビーシュが食堂にたどり着いた頃には、すでにたくさんの行列ができていた。  あわてて小走りになって列の後ろに並んだものの、ずらっと並ぶテーブルは人であふれんばかりだ。  相当待たなければ、座れないだろう。 「よわったな、今日は本当にお腹が空いてる」  めずらしく、ぐうぐうと鳴る腹を抱える。  人に言われてからもそもそと食事をとるのが常だったビーシュが、自ら空腹を覚えるのは本当にまれだ。  久しぶりすぎて、なんだか、悲しくなってさえきた。どれほど、人らしい生活をしていなかったのだろうと頭を抱えたくなる。  前方、注文口付近に立っていた顔見知りの医師が列に並ぶビーシュに気づき、手を振った。     
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