二章 真実の口

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 自然と集まってきた視線に気恥ずかしさを感じ、はにかみながら手を振りかえして、ビーシュは食堂のメニューを探してきょろきょろと首を動かした。  軍医になってだいぶ経つのに、受け持ちの診察室と工房以外の施設をビーシュは把握できていない。  白衣を着ていなかったら、遠くの街からやってきた見舞客にしか見えないだろう。  あまりにも見当たらず、真剣になりすぎて立ち止まったままのビーシュは、咳払いとともに肩を押されてつんのめった。  不意を突かれたせいか、勢いがついていたか。転ばないようにと一歩、二歩進み、気づけば列から飛び出していた。 「あっ、あぁ~」と、なんとも情けない声が出る。  昼時の食堂は、戦争だ。  振り返ったときにはもう隙間はなく、自分がどこに立っていたのかわからなくなっていた。 「あの、よろしければ私の前にいらっしゃいます?」  声をかけてくれたのは、年配の女性だった。軍病院と言っても軍人だけを見るのではなく、一般人の外来も受け付けている。  女性は患者だろう、右手に白い包帯を巻いていた。 「いえ、大丈夫です。みんな忙しいのに、ぼんやりしていたぼくも悪いので」 「あなたが悪いわけないでしょう、ちゃんと並んでいたのに。押した人がいけないのよ」  親切な人だ。ビーシュは女性のために、にこやかな笑みを作って首を振った。     
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