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今も、たいへん嫌そうな表情を見せてくれている。
「商談は、その時になってからゆっくりしよう」
「ええ、ええ。それはもう!」
デニスの強欲さに、実子のニルフもあきれているようだった。
「ニルフ、ぐずぐずしていないで、早くロナード様にティアラをお見せしなさい」
「はい、わかりました」
ニルフはデニスのように感情をすぐには表情に表さず、淡々と己のなすべき仕事に就いている。
エヴァンをちらっと一瞥し、革張りの箱を差し出した。
深いえんじ色の革。年代を感じさせる痛みが、味となって刻まれている。箱は、もっと古い時代の別の作家によるものだろう。
エヴァンは箱を受け取り、蓋を開けた。
「これは、美しい」
「エヴァン様のお眼鏡にかないますかな? なにぶんメルビスの作品は数がすくなく、鑑定眼を養うのも困難。ロナード様がため息をつかれるものであるのなら、間違いなく本物でありましょう。安心いたしました」
大げさな口ぶりだが、安心したとの言葉は本心から出たものだろう。かなりの金額を、このティアラに投資したに違いない。
名の知れぬ宝石商相手に、ずいぶんな博打を仕掛けたものだ。
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