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「間違いなく、メルビスの作品だろう。いい品だ。ご息女の結婚式に使うものでなければ、今すぐにでも商談に移らせてもらっていたところだろう」
「是非とも、その日をお待ちしております」
ティアラの番犬か、直立したまま動こうとしないニルフに、エヴァンは「冗談だよ」とささやき、箱の蓋を閉めた。
◇◆◇◆
「まったく、ひやひやしました。エヴァン様がどうしてもと仰っていたら、父さんはあの場でティアラを売り渡していたでしょう」
「飾り物なんて、どれでも良いわ。なんなら、小さい頃に買ってもらった硝子の髪飾りでも、じゅうぶんよ」
言葉の通り、興味なさそうに本のページをめくるエリスに、ニルフは言い聞かせるよう大きく息をついてみせた。
「子供用のティアラを結婚式でつけていたら、末代まで笑われますよ」
エリスはぱたん、と本を閉じてテーブルに置き、代わりにカップを摘まんだ。
いつもと、何一つ代わらないのんびりとした姉の午後に、ニルフはやきもきしていた。
(どうして、レオンさんは来ないんだ?)
戦場から帰還したばかりのレオンハルトを引っ張って姉に会わせてから、どれくらい経ったろう。
一度たりと、レオンハルトから姉を訪ねてこない。エリスもレオンハルトを訪ねたりはせず、部屋に引きこもっている。
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