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結婚式に着るべきドレスなら、もうすでに用意してある。
エリスが二十代半ばの頃、結婚を決めていた男がいた。
決めていた、といってもエリスがつれてきた男は移民出身の軍人で、見目も頭も良かったが、身分が障って下士官どまり。貴族の娘が選ぶには、まったくふさわしくない相手だった。
ニルフはいまだにあの男を認めてはいなかったが、破天荒な姉は、強引に両親を説き伏せ結婚を決めて純白のドレスを作った。
結局は、着ることなくエリスの結婚は流れた。
遠征先の戦場で、男は戦死した。
あっけない終わりだった。家族の反対を押し切り説得に奮闘したエリスも、さすがに運命の悪戯はどうにもできなかった。
「……まだ、忘れられないんですか?」
立ち止まり、ニルフはエリスの寝所の方へ顔を向けた。
規則正しく日々を送るエリスの部屋は、真っ暗だ。今頃は、安らかな寝息を立てているだろう。
男が死んでから、随分と経つ。
毎朝両目を泣きはらしていたエリスも、今は普通に笑うようになり、かつての男の話はかけらも口に出さなくなった。
いつもどおり。
ふだんと、同じ。
全身全霊で愛した男がいたなんて思えないほど、なにも変わらない。
両親はつよい娘だと褒め称えるが、ニルフには違って見えた。
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