二章 真実の口

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 いつもどおりに見えて、以前とは違い。  普段どおりにみえるが、エリスはいついかなる時も喪に服している。 「なにもかもが、心許ない」  試しに深く息をついてみるが、いらだちは消えるどころか余計にくすぶり、じりじりと胸を焼く。 幼い頃からエリスとレオンハルトを見てきたニルフは、肩を並べて話す二人の姿に焦がれていた。いわば、理想だった。  レオンハルトに言えば「夢をみすぎだよ」と一蹴されたが、ニルフのなかでは揺るがない。  このまま、誰の邪魔もはいらなければ二人は婚姻を交わすだろう。  愛があろうと、なかろうと。エリスが幸せになる道は、もうこれしかないのだ。  ニルフは自室を通り過ぎ、階段を降りた。  一階を警邏中の警備員に軽く挨拶をして、そのまま地下の宝物庫に向かう。  宝物庫といっても、今は物置になっている。  父が商談で扱うような貴重な品は、離れに作られた頑丈な保管庫にしまってあり、ニルフでは近づけても中に入ることはできない。  ベルトに結びつけていた鍵束を取り出して、年代物の錠を開ける。  ネズミよけのハーブの香りを浴びながら、ニルフは宝物庫の奥に向かった。  埃で汚れないようにと、布でくるまれてつるされている、エリスが着るはずのドレスだ。     
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