二章 真実の口

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 ニルフは布をはぎ取り、ランプの明かりを照らす。 「これは、これは。なかなか良い意匠のドレスだ。君のお姉さんのものかな?」  気配もなく、声だけが唐突に響いて、ニルフは悲鳴を上げて振り返る。  警備の人間か? だとしたら、失礼な輩だ。ニルフはランプを目の位置にまで持ち上げ、声の主を探した。  物置同然とはいえ、宝物庫は私的な場所だ。それを許しもなく立ち入り、覗くなんてありえない。雇い主を馬鹿にしすぎている。  断固として、抗議してやらなければならない。  いらだちの大部分は、上手くいかない状況への八つ当たりではあったが、ニルフは適当に理由をつけて正当化させ、次期当主の威厳をだすべく視線を鋭くさせた。 「そう、警戒しないでくれ給え……と言ったところで無駄だろうね。危害を加えるつもりはないが、だからとて、怪しい人物であることには違いあるまい」  重々しい台詞だが、若々しい声音。  凜とした張りがあり、歌うような声は物騒な物言いなのに、劇場で物語を歌う俳優の美しさを感じさせた。  知らない声だ。  知っていたならばすぐに気がつく、そんな特徴のある声だった。 「欲深い男と思っていたが、アーカム氏も宝飾品を見る目はお有りらしい」  こつん、と靴音が響いた。     
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