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一章 矢車菊の青い瞳は
視界に入ってきた天井に、ビーシュ・スフォンフィールは白く凍えた吐息を零した。
ひどく乱れたシーツは、もう一人の存在を示す名残ではあるが、肌の温度はすでになく、触れると氷のようにひんやりとしていた。
重いまぶたをこすり、ビーシュは眼鏡を探してシーツの上を這いずる。
目の悪さは生まれつきで、長く愛用している眼鏡がないとぼやけて何も見えない。
もしかしたら、見えていないだけで昨晩の相手はまだ同じ部屋にいるのかもしれない。
そんな、ありもしない妄想に浸っていたい気もするが、現実の残酷さは嫌になるほど知っている。もう、四十を過ぎた。さすがに、いつまでも子供ぶってはいられなかった。
昨晩の激しい情事の名残で鈍い四肢をなんとか動かし、探り出した眼鏡をつけると、薄暗い室内が一気に鮮明になった。痛みすら覚え、ビーシュは瞼を瞬く。
「……あぁ、寒いなぁ。もう、すっかり冬だね」
一糸まとわぬ体を抱きしめ、つぶやく。
冷えたシーツをたぐり寄せても、ちっとも暖かくならないし、むしろなおさら体が凍えそうだ。
とろり、と下肢から零れる精液すら氷のようで、言いようのない寂しさをいっそう加速させた。
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