第十一章

5/12
74人が本棚に入れています
本棚に追加
/168ページ
 でも、僕にとったって、そんなことはどうだって良いんだ。  姉に、アイリスにまで、僕は疎まれて生きていたなら、それほど辛いことはない。 「そうね、あなたが産まれて私はとても嬉しかったわよ。あなたの傍にずっといてあげられなくてごめんなさい。あなたの傍にいたいと願って、私は狂ったのね。ごめんなさい」  静かな声は今までと比べられないほどに、力を失くしていて。  僕は、姉に一歩一歩、近付く。 「良かった」  安堵した。姉は、僕が産まれたことを嬉しいと、思ってくれていたんだ。  静かに近付いた僕は、姉を抱きしめた。  こんな風になるまで、今まで一度だって、姉を抱きしめたことなんてなかった。  今更、今更なことばっかりだ。 「本当に、愛していたのよ」  最初で最後のキスだ。ただ、触れるだけのもの。  姉は僕から唇を離して、静かに呟いた。  だんだんと力を失くしていく身体。 「時が経つほどに歪んで、どうしようもなくなってしまったけれどね……これだけは、確実よ。今もあなたをあいしているの」  力なく笑いながら、姉はすがるように僕の腕を掴む力を強くする。 「ザーク、今までありがとう。そして、さよなら……」  今までやってきたことは、私の中で悪いことではないから。そう思ってしまっているから。だから、今まで付き合ってくれてありがとう。謝ることはしない。例えこれが最期でも。 「姉さん……」  長く生きすぎた身体は、生命を失い、朽ち果て、灰になり、風の中に溶けて消えていってしまう。  何一つ、残らなかった。 「僕は……あなたに甘え過ぎていましたか?」  聞けなかった問い。もう答えは返らないけれど。  いつもそこにアイリスはいるのだと、振り向こうともしなかった。  謝るべきは自分。  自分のことしか考えなくて、アイリスの生命さえ奪った。  もう二度と、姉の笑顔を見ることはできない。 「さよなら、姉さん」  アイリスの最期に答えるように、言葉を紡いだ。
/168ページ

最初のコメントを投稿しよう!