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でも、僕にとったって、そんなことはどうだって良いんだ。
姉に、アイリスにまで、僕は疎まれて生きていたなら、それほど辛いことはない。
「そうね、あなたが産まれて私はとても嬉しかったわよ。あなたの傍にずっといてあげられなくてごめんなさい。あなたの傍にいたいと願って、私は狂ったのね。ごめんなさい」
静かな声は今までと比べられないほどに、力を失くしていて。
僕は、姉に一歩一歩、近付く。
「良かった」
安堵した。姉は、僕が産まれたことを嬉しいと、思ってくれていたんだ。
静かに近付いた僕は、姉を抱きしめた。
こんな風になるまで、今まで一度だって、姉を抱きしめたことなんてなかった。
今更、今更なことばっかりだ。
「本当に、愛していたのよ」
最初で最後のキスだ。ただ、触れるだけのもの。
姉は僕から唇を離して、静かに呟いた。
だんだんと力を失くしていく身体。
「時が経つほどに歪んで、どうしようもなくなってしまったけれどね……これだけは、確実よ。今もあなたをあいしているの」
力なく笑いながら、姉はすがるように僕の腕を掴む力を強くする。
「ザーク、今までありがとう。そして、さよなら……」
今までやってきたことは、私の中で悪いことではないから。そう思ってしまっているから。だから、今まで付き合ってくれてありがとう。謝ることはしない。例えこれが最期でも。
「姉さん……」
長く生きすぎた身体は、生命を失い、朽ち果て、灰になり、風の中に溶けて消えていってしまう。
何一つ、残らなかった。
「僕は……あなたに甘え過ぎていましたか?」
聞けなかった問い。もう答えは返らないけれど。
いつもそこにアイリスはいるのだと、振り向こうともしなかった。
謝るべきは自分。
自分のことしか考えなくて、アイリスの生命さえ奪った。
もう二度と、姉の笑顔を見ることはできない。
「さよなら、姉さん」
アイリスの最期に答えるように、言葉を紡いだ。
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