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空中のチョコレートもすべて食べ終えて、一刻は、再び立ち上がる。
空を見上げ、また記憶を手繰り、呟く。
「昔、この道を通ったときは……確か、日の当たらない道から、明るいこっちの道に出てきたんだ。……ってことは」
母と歩いた道を引き返すには、これから、雲の影が落ちているほうへ進めばいい。
「あの、オレンジ色の地帯……あそこまで行くのは、時間は掛かるだろうけど、たぶん、難しいことじゃない」
ここから、あとどれだけの距離があるかはわからない。
けれど、オレンジ色の地帯を目指して歩き始めた頃に比べて、空の色は少しずつ褪せてきているように思える。
このままこの方角へ進んでいけば、いつかはあの色に染まった地帯へ行き着くだろう。
「だけど……オレンジ色の地帯だって、ものすごく広い。その中から、たった一つの場所を見つけなきゃならないんだから。……やっぱりなるべく、前に歩いたことのある道を、引き返さなきゃ。そうでないと……オレンジ色の町を、ただ闇雲に歩き回っても、もう一度あの場所にたどり着けるかどうか……」
そこまで呟いて、一刻は、小さく苦笑を浮かべた。
「とはいえ、昔通った道を引き返すのだって、簡単じゃないだろうけど。母さんの顔、見上げながら歩いてた頃の道なんて、どのくらい覚えてるかなあ」
遠い記憶を。遥かな道のりを。
最後まで辿りきることは、できるのだろうか。
「やるだけ、やってみるしかない」
一刻は、自問にそう自答する。
できるかできないかは、二の次。
もちろん、母に対するあの問いへの答えを、見つけ出したいとは思っているけれど――。
この世界で、何か、自分のやるべきことが欲しい。
独りきりになったこの世界で、なんの目的も持たずに生きていくことは、想像しようとするだけで押し潰されそうになるくらい、恐ろしかった。
「――さて」
一刻は、雲の影が落ちている道へ向かって、歩き出す。
「――ばーぐらぁんどにー……」
たった一つ知っている、いつものその歌を、口ずさみながら。
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