2.時間の止まった世界 -グラデーションの旅路-

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「日なたが狭くなってきたなあ……」 市街地を歩きながら、一刻は呟いた。 出発した地点と比べて、この街では、道路を覆う影の面積が明らかに広くなっている。 周りにある人々の影も、母が倒れた駅前広場にあった人々のそれより、全体的にいくらか長い。 わずかな日なたのなかで、一刻はなんの気なしに、自分の足元を見下ろした。 そこに、影はない。 母にも、同じく影はなかった。 ただし、母は自分の影をどこかに置いてきた人だったが、一刻は、生まれたときから影を持っていなかった。 それは当然のことだった。 一刻は、時が止まったあとの、この世界で生まれたのだから。 時を止める以前の世界に存在しない影が、この世界に存在するはずもない。 「うーん……。この、点字ブロック……? だっけ? このブロックのとこまでが日陰になってる歩道、歩いた覚えはある気がするけど……」 地面に目を落としたまま、一刻は首をかしげる。 自分が昔見た歩道は、本当にこの歩道だろうか? 同じところまで影がある似たような歩道は、ほかの場所にもあるかもしれない。 顔を上げて、辺りを見回す。 もっと、確実に見覚えのある景色はないだろうか。 それを探しつつ、気がつけば一刻は、またいつもの歌を口ずさんでいた。 その歌は、母がよく口ずさんでいたものだ。 よほどお気に入りの曲だったのだろう。母が歌うのはいつもそればかりだったから、一刻は、それ以外の歌を知らない。 ――いや。実際には、その歌さえも、本当に知っているわけではない、らしい。 母が歌うその歌を、一刻は、いつの間にか、覚えるともなしに覚えていた。 けれど、一刻がそれを歌っていると、母は必ず嫌そうに眉をしかめた。 『やめてよ。私が歌ってるのを、あんまり覚えないで……』 『え? なんで?』 『そりゃ……私は、歌が下手だからだよ。私が歌ってるのを聞いて覚えても、それは、この曲の本当のメロディーじゃないからね』
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