2.時間の止まった世界 -グラデーションの旅路-

12/16
前へ
/61ページ
次へ
「……あ」 ふと、歌うのをやめて、一刻は立ち止まった。 生垣の向こうに、たくさんの水の粒が見えた。 上のほうにある水の粒は、一刻の身長よりも高い所に浮かんでいる。 「……噴水。かな?」 生垣を辿っていくと、公園の入口があった。 一刻はその公園に入って、噴水を探す。 広い公園の真ん中にある噴水は、すぐに見つかった。 噴水の横には、一台の赤い自転車がある。 その自転車の持ち主らしき人が、噴水の縁に腰かけて、スポーツドリンクを口元まで持ち上げている。 それは、間違いなく、見覚えのある光景だった。 「よかった。やっぱり、ここには来たことがあるんだ」 ホッと息をついて、一刻は、噴水に近づいた。 噴水の前に立ち、陽に照らされてキラキラ光る、その水の粒を見上げる。 じっくり見れば、それらは一粒一粒、微妙に色が違っている。 水の粒には周りの色が映り込むから、映り込んだものによって粒の色は変わる。 空を映した薄青い粒。 葉の茂る木を映した緑の粒。 そばにある自転車を映した赤い粒――。 一刻にとって、噴水とは、たくさんの水の粒や、水の筋や、水の膜の集まりだ。 時間の流れる世界では、それは、水を噴き出すものだそうだけど。 それがどんなものなのか、一刻にはいまいち想像がつかない。 噴き出る水。落ちる水。 その動きがどんなものなのか、わからない。 水音というのも、どういう音であるのか謎だ。 一刻は、赤い自転車の前に身を乗り出して、水の柱の根元を覗き込んだ。 波紋の皺で歪んだ水面には、自転車と、その持ち主らしき人物の背中と、あとは空の色だけ、映り込んでいる。 水面に映る自転車のハンドルには、一枚の落ち葉が重なっていた。 それもまた、記憶にあるとおりの光景だった。 一刻は、自分も噴水の縁に腰かけた。 なんだか暗い、と思ったら、見上げた先に、翼を広げた一羽の鳥が浮かんでいた。 その影が、ちょうど一刻の顔に被さっていた。
/61ページ

最初のコメントを投稿しよう!

8人が本棚に入れています
本棚に追加