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『母さん……寒くないの?』
『いや……。地面のタイル、ぬくいんだよ。広場は……日当たり、いいからね』
『でも、そこじゃあ、何個も人の影があるじゃないか。もっと、直接日が当たるところにまで、運ぼうか?』
『いや……。この眺めが面白いから。しばらく……このままで、いいよ……』
荒い息をつきながら、とぎれとぎれに母は言った。
通行人の影が被さっているというのに、母は、眩しげにその目を細めていた。
一刻は、ドラッグストアから取ってきた頭痛薬を、一口大の水の塊に埋め込んで、母の口へと近づけた。
母は、すがるようにそれを睨んでから、口に入れ、ゆっくりと飲み込んだ。
そのあと、少しむせていた。
薬を飲んでも、母の頭痛は一向に治まらなかった。
けれど、それ以上、一刻にはどうすることもできなかった。
周りには、たくさんの人たちがいる。
目と鼻の先には、大きな病院の建物が見える。
でも、いくら助けを求めたところで、その呼びかけに応える者は誰もいない。
この世界では、母と一刻を除いたすべてのものが、残らず時を止めているのだから。
『……かずとき』
ぽつりと呼びかけた、その小さな声に、違和感があった。
普段の母とは明らかに違う、不明瞭な喋り方だった。
呂律が回らなくなっていたのだ。
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