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「……それにしても、遠いなあ。これだけ歩いているのに、まだまだ、こんなに明るいなんて」
呟いて、一刻は、進む先の空を見つめた。
それから、立ち止まり、後ろを振り向いて、太陽の光に目を細める。
「方向だけは、合ってるはず……。太陽から離れていけば……。いつか……いつかは、あの、オレンジ色の町に、行けるはず……」
一刻は、粒チョコレートの入った紙筒を振って、カシャ、カシャ、と音を立てる。
昔。ずっと昔。幼い頃。
一刻は、いくつものオレンジ色の町を転々として暮らしていた。
空も、人も、建物も、川も、オレンジの光に染まった景色。
今思い出すと、それは嘘のように非現実的だ。
けれど、あのオレンジ色の地帯は、きっと実在する。
写真集の本やポスターで、あの色に染まった空や町を、何度も見たことがあるからだ。
今いるここには、空や町を染めるあの色はない。
それは、この町がまだ太陽に近すぎて、光が強く、光の色が透明すぎるからなのだろう。
オレンジ色の地帯にある町は、もう少し暗くて、外にいると物が見えづらかったように記憶している。
だから、太陽から遠ざかっていけば、そのうちだんだんと景色は暗くなって、あのオレンジ色が見えてくるはずなのだ。
母と二人で、ずっと旅をしながら暮らしてきた。
そんな一刻の記憶は、古いものであればあるほど、色濃いオレンジに彩られている。
母は、一刻を連れて、明るいほうへ、明るいほうへと歩いてきたのだ。
どうしてだろう――なんてことを考えたのは、あの問いに対する母の答えを受け取った、あのときからのことだった。
『母さんは、どうして、この世界の時間を止めたの?』
一刻の問いに、母は声を出すことなく、唇だけを動かして答えた。
――あ て て み な。
あのときの答えを、今一度、一刻は自分の唇でなぞる。
思わず、ふっと笑いが漏れた。まったく、あの人らしい答えだ。
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