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Prologue
軽快な口笛が聞こえてくる。
すぐ近くからだ。
ぼくは、目をさました。
冷静に、状況を認識しようとつとめた。
両腕両脚を、しばられている。
なんとか首をよじって、横を見た。
暗い。
等間隔で置かれたロウソクのゆらめく炎が、唯一の光源だ。
信じがたいほどよごれたいくつもの部屋や壁が、前から後ろへとながれていく。
くさったテーブルやねじれたイス、割れた陶器、ゆがんだなにかが、床に散乱している。
ぼくは運ばれていた。
ストレッチャーのような車輪つきの台にあおむけの状態で固定され。
抵抗することもできず、暗い洞窟のような屋内を、奥へ、奥へ。
見上げると、ストレッチャーを押す人物の姿が見えた。
口笛の主だった。
曲調は、場所にも状況にも似合わず、喜劇的だ。
真っ黒なフードに身をつつみ、奇妙な仮面をかぶっている。
こちらを見下ろすこともせず、どんどん前へ押していく。
床の上のなにかを、車輪が踏みくだいた。
どこからか、絶叫のようなものが聞こえてきた。
狭い屋内の壁を幾度も反響し、ぼくのところまで届いてくる。
ぼくは、それが、自分の知る人間のものではないことを祈った。
心から祈った。
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