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ぼくは、なんとかそっちを見ようとからだを動かした。
その人物は、壁のほうを向いていた。
棚からなにかをとりだしている。
ナイフやハサミが、ちらっと見えた。わずかな炎の光を吸収し、するどく光っていた。
その人物がふりかえり、なにかを手に、近づいてきた。
殺されるのか? もっと、ひどい目に合うのか?
話しかけて時間をかせぐか? 逆効果になるだろうか? 刺激すべきか否か?
考えているうちに、相手は、すぐ横にまできていた。
そっと、冷たいものが、喉におしあてられた。
刃物でまちがいない。
その切っ先が、わずかに、皮ごしに肉に食いこんでいる。
その人物が、顔を近づけてきた。
笑っていた。その吐息が、鼻先をついた。
ようやく顔が見えた。
「ああ……」
ぼくは、その人物を知っていた。
目と目が合う。
ぼくは、プロフェッショナルでありながら、その目の奥にある表情を、いっさい読み取ることができなかった。
それで、相手もプロフェッショナルなのだ、と理解した。
「……どうする気ですか?」
ぼくの問いに、その人物は、やはり笑う。
ぼくを占有し、もてあそぶような、笑み。
そんなふうに笑うのを見るのは、はじめてだった。
じっと、ぼくの顔をのぞきこんでくる。
そして。
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